『イエスタデイをうたって 11卷』冬目景:恋愛ではなく人間関係に注目

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連日の漫画感想記事になってしましました。

一応このブログはアドマンのために

いろいろな事例を紹介して、

みんなで世の中に素敵なアイデアを生み出していくことが目的のブログなのですが。

まあアイデアを生むためには様々な人のアウトプットに触れることも大切ということでここはひとつ。笑

さて今回紹介する漫画は『イエスタデイをうたって 11卷』です。

なんと18年もの長い間連載されていた作品で(18年やって11卷というのもなかなか凄いですが)

今作をもって完結。

いやー、長かったですね。

冬目景さんもここまで連載が長くなるとは思ってなかったでしょうしね。

内容は主人子である魚住陸生と

彼の周りの二人の女性、

野中晴と森ノ目榀子を中心とした淡い恋愛の様子を描いています。

この漫画の最大の魅力であり、

そして連載がこうも長引いた要因として

この3人の過剰なまでのピュアさがあるんだろうなあと僕は思っています。

この3人のぬるっとした関係にようやく進展が訪れるまでに

実際にはどれだけの月日が流れたことか。

そのピュアさや中学3年生くらいの恋愛の雰囲気を切り取って大人に当てはめた感じが、

切ない気持ちや哀愁の念みたいなものを生み出す原因だと思いますし、

この漫画の魅力なのですが。

それゆえに誰も肝心の一歩を踏み出さずという流れにっていました。

そしてそれはラストである11巻でも変わらず。

憧れの人である榀子とやっと付き合いだしたリクオでしたが、

そこから一向に進展がなく。

そしてこれはお互いの気持ちが結局恋人としての気持ちではなかった、という結論に二人は行き着きます。

しかしこれって

リクオが途中のタイミングで男を見せていれば

榀子もおそらく色々な意味で絆されて結婚までいっていたんだろうなあと思います。

それは普通のカップルが普通にやっていることに進めなかったリクオの責任であり、

榀子の気持ちを尊重しすぎた結果なのではないかないと。

で、

更にその結果、

自分の本当の気持ちに気付いたとばかりにハルの元に向かいますが、

ハルにも「榀子に振られたから私のところにきたんだ」と指摘される始末。

まあ誰だってそう思いますよね。

ずっとリクオを思ってきたハルとしてはこれでいいのかもしれませんが、

なんだか最後の最後までリクオは中途半端なことをして

中途半端な男のままで終わってしまったなと。

これならいっそのこと、

ハルに会いに行くがそこには別の男と幸せそうにするハルの姿が!くらいのことをやっても良かったのでは?と思ってします。

18年連載していた漫画だとそれもできないんでしょうかねえ。

それとも僕が穿ったものの見方をしてるだけなのかな?笑

なんだか文句ばかりになってしましましたが、

キャラも魅力的だし、

冬目先生の絵は素晴らしいし、

とても漫画だと僕は思っています。

恋愛漫画というかヒューマンドラマと解釈してみるとよりストレスがたまらないかな?

なんにしても冬目先生、

18年間の連載お疲れ様でした!

ありがとうございました!

したっけ、またね!

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