『人生フルーツ』:自分の生き方を見直す、提案物語

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2018年、最初の映画は渋谷のアップリンクで『人生フルーツ』を見てきました。

樹木希林さんのナレーションから始まるこの映画、

タイトルのイントネーションというか

どこで区切るんだというところがナレーションから判明します。

人生、フルーツ。

つまり人生とはフルーツなのだということを言いたいのだなと。

これがどういう意味なのか?

そしてそれが明らかになってきた後に、

自分の人生は果たしてフルーツのようになっているか?

そんなことを考えさせられる一本です。

愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの一角。

そこにはかつて高蔵寺ニュータウンを設計した建築家である津端修一さんと

その妻である英子さんのご夫婦が暮らしています。

修一さん、90才。英子さん87才。

修一さんが自ら設計したご自宅で、

畑から野菜を収穫し、

家のものもできる限り自分たちで作りながら日々を暮らすお二人。

英子さんが畑を耕しながら呟いた言葉がとても印象的でした。

「私たちは次の世代に財産を残すことはできないけれど、農作物を作ることのできる良い土は残してあげることができる」。

ここでタイトルの”人生、フルーツ”に戻ってきます。

この映画ではシーンの区切れに以下の言葉がよく引用されていました。

風が吹けば、枯葉が落ちる。

枯葉が落ちれば、土が肥える。

土が肥えれば、果実が実る。

人生、フルーツ。

僕はこれを、果実を実らせるためには最初の一歩の働きかけが大事なんだよ、ということだと思いました。

つまり風が吹くという事象が周り周って果実を実らせることに繋がる。

人生もそれと一緒で、

次の世代の何かを残してあげるために

今私たちができる一歩を大切にしなくてはいけない。

そんなメッセージなんだろうなと感じました。

その一歩の例として

修一さんと英子さんのご夫婦をピックアップしてるんだろうなと。

物語の後半、

修一さんの元に一件の依頼が舞い込んできます。

九州の精神病院が新しく病棟を建築するから、

その設計の考え方をお手伝いしてもらえないかと。

ここに出てくる精神病棟のコンセプトはこんな風に語られます。

経済や企業の成長のために精神を壊してしまうほど働いた人たちに、

人間らしい生活を送ることのできる場所を提供したい。と。

これは映画を見ている自分たちそのものだという風に感じました。

そんな身を粉にして働いているあなたたちは、本当に人間らしい生活を送っている?

あなたのその仕事は、風を吹かすことになっている?

僕にはそんな風に聞こえました。

別にみんながみんな、

修一さんと英子さんのように暮らすべきだということをもちろんこの映画は言いたいわけじゃなく。

次の世代のことを考えた自分にできる一歩の踏み出し方を考えて見てはどうですか、という提案をされたなと感じました。

2018年、最初からとってもいい映画が見れてよかったなあ。

今年も沢山素晴らしい物語に触れたいなと思っています。

したっけ、またね。

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