『ナラタージュ』島本理生:人の醜さを描ききった恋愛小説

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今週読んだのは島本理生さんの『ナラタージュ』。

昔からもちろん存在は知っていたのですが、なぜかこれまで読んでこなかった作品。

松本潤と有村架純で映画が決定したとのことで

本屋さんで平積みされているところに目が止まり、満を持して読んでみました。

 

■あらすじは以下

大学二年の春、母校の演劇部顧問で、思いを寄せていた葉山先生から電話がかかってきた。泉はときめきと同時に、卒業前のある出来事を思い出す。後輩たちの舞台に客演を頼まれた彼女は、先生への思いを再認識する。そして彼の中にも、消せない炎がまぎれもなくあることを知った泉は―。

 

大学生の工藤泉と、高校教師の葉山貴司。

二人の関係を軸に、

演劇部の友人や後輩のストーリーが絡んでいく構成(ちなみにタイトルのナラタージュとは映画などで、ある人物の語りや回想によって過去を再現する手法とのこと。この作品もまさにその手法の通り、主人公の工藤泉が自身の大学時代を回想していく内容になっています)。

なんか帯とか映画の公式サイトとかで禁断の純愛的な語り方をされているのをよく見かけますが

そういう純愛というサラッとした言葉よりも

もっと人間臭いストーリーだなあという印象でした。

泉にしても葉山にしても

決して人が聞いたら褒められないことをしながら

それをお互いに隠し、明らかになり、醜い行動をとり。

それでも好きという感情を押さえることができない。

僕は『世界の中心で愛を叫ぶ』は純愛小説だと思うのですが

この作品は完全に恋愛小説だと思います。

それはあくまでも僕の中でですが「死」が絡むか絡まないかの違いなのかなと思っていて。

「死」だけが人と人との行動である(故に普段の自分からは信じられないほど醜い行動をとってしまう)恋愛を

純粋なものに消化させる。なぜなら「死」を前に人は抗うことはできず、誰しもが『死』の前には純粋にならざるを得ないから。

そういう意味で

この『ナラタージュ』は恋愛における人の醜さを描ききった作品だと思います。

僕の中でその象徴が泉と一時期付き合うことになる、大学生の小野玲二。

大学の中でも人気者で

なんでもサラッとこなすいかにも爽やかな好青年なのですが

こと恋愛が絡むと泉を疑い、

葉山に嫉妬し

物語前半で見せた好青年の像を自ら破壊していきます。

でも恋愛ってこういうことじゃないですか。

自分の嫌なところがとことん見えくるほど

一人の人のことを好きになってしまう。

誰もが一度は経験するであろうことをきちんと描いた

いい意味でとても人間臭い作品だなと思います。

しかし葉山先生は本当にダメな奴だったなあ。笑

駄目男がモテるってのは、

この人は私がいないとだめなんだと女性に思わせるからっていうのは

きっと本当なんだろうなあと読んでいてい思いました。

映画の公開は2017年の秋ですが

来年の話題作になることも間違いないので

今のうちに内容チェックしておくと良いかもしれませんね。

したっけ、またね!

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